老人の孤独死が社会問題として浮上する中、三世代世帯の必要性が改めて指摘され始めている。子育てを保育園に依存する「子育ての社会化」の弊害も指摘されているが、三世代間の相互扶助でこの問題に対処していけるためだ。新たに生まれた安倍晋三政権も、家族政策は「第一義的に子供は家庭で育てる」という「自助」の精神を強調。加えて、「『個人』単位社会から『家庭』単位社会確立への提言——家庭解体政策を改めよ」と題する提言も、このほど平和政策研究所(代表、林正寿・早稲田大学名誉教授)から出された。
ジャーナリスト 安地善太
東日本大震災で、家族の絆が改めて重要視される中、三世代世帯にスポットが当てられつつある。出生率が三世代世帯で比較的高い上、文科省による一斉学力テストの結果で、三世代世帯の多い秋田県や福井県が好成績を上げているためだ。
1979年、大平正芳首相による「家庭基盤の充実」研究グループを立ち上げ、同グループの報告書は、日本の特性を生かした家庭再建政策を求めた。
ちなみに大平氏は、「家庭基盤充実研究グループ」(議長、伊藤善市・東京女子大学教授)以外にも、「文化の時代研究グループ」(議長、山本七平・山本書店店主)、「田園都市構想研究グループ」(議長、梅棹忠夫・国立民族学博物館長)など、九つの政策研究グループを発足させている。
日本は、欧米で実現された近代化を達成したが、その過程で疎かにされた「日本的なものの見方」を再評価しようとの視点があった。すなわち、日本社会が基本的に持つ温かい人間関係や人間と自然との調和を重視する性向を活かし、欧米が近代化を進める中で生じた過度の個人主義による家族の崩壊を食い止め、新たな21世紀に向けてのビジョンを提示しようとするものだった。
この研究グループは報告書を提出したものの、大平総理の死去により政権が短命に終わり、その趣旨は十分に活かされないまま終わってしまった。以来、わが国で、家庭基盤充実という視点で正面から問題解決に取り組む政策は疎かにされたままだった。
八木秀次・高崎経済大学教授は昨年10月の講演で、大平総理の構想と軌を一にした自民党の研究書『日本型福祉社会』(1979年8月)の存在に触れた。
八木氏によると、同研究書は当時、先進的だった英国型の福祉社会、スウェーデン型の福祉社会は、財政負担が大きく、国民のモラルが退廃して行き詰まると捉えており、英国型でもスウェーデン型でもない『日本型福祉社会』に答えを見いだしていた、と指摘。
その上で、家庭、企業及び同業者の団体など、各種の機能的集団が以前から福祉の重要な担い手であったという日本的な特色に着目。それを今後もできるだけ生かし、『無力な個人』を直接国や地方自治体が保護するという発想ではなく、最小のシステムである家庭の基盤の充実を図り、安全保障システムとしての家庭の機能を強化することが重要、としている。
その意味で、育児、介護の主体がいきなり国家になるのではなく、まず家庭が福祉の担い手になる形態として三世代世帯が重視される、といえる。
大平リポートでも「高齢者のための家庭基盤の充実」の項目の中で、「三世代同居の条件整備」を挙げ、「高齢者の多くは子や孫との同居を望んでおり、三世代同居は、世代間の相互扶助、生活文化の伝承だけでなく、高齢者の生きがいの増進になることをも考え、三世代の家族が同居できる住宅の増加を図る」と述べている。
家庭での高齢者の生活を容易にし、介護負担の軽減をはかれる、新たな住宅システムの技術開発・普及の推進などを列記しているのだ。
国勢調査のデータでは、三世代の割合は平成12年の10・1%から17年には8・6%に低下。都道府県別でも12年前は7県で20%を超えていたが、7年前には山形、福井のみとなるなど減少傾向である(図参考)。
ただ、地方レベルでは、すでに三世代の結びつきを強化する具体的な支援策を実施している自治体もある。
品川区では、「親元近居支援事業(三世代すまいるポイント)」として、親世代と近居または同居するファミリー世帯に、転居費用の一部を支援している。
千葉市の「三世代同居等支援事業」では、「高齢者の孤立防止と家族の絆の再生を目的として」親と子と孫を基本とする三世代が、同居または1㌔以内の近隣に居住することなどを条件に、住居費などを助成。こうした家族の絆を強める支援策を、積極的に行っていく必要があろう。
こうした中、平和政策研究所の「子供・家庭・教育」研究部会は昨年11月初め、1990年代から急速に進められた「個人」中心の政策が家庭機能を崩壊させているとの認識に立ち、「『個人』単位社会から『家庭』単位社会確立への提言——家庭解体政策を改めよ」と題する内容をとりまとめた。
提言のタイトルにあるように、もう一度、「家族」単位の社会確立に向けた政策を政治家、行政府が実施するように要望。 「個人」中心主義が家族機能の崩壊をもたらしているとの視点に立っている。
具体的には、(1)憲法に「家族尊重条項」を設けよ、(2)国が家庭強化のための法整備を行い地方自治体が「家庭強化都市宣言」等を制定せよ、(3)三世代家族を単位とした税制、福祉制度を確立せよ、(4)子育ての社会化を改め、「子供は家庭で育てる」基本政策に転換せよ、と直言。新たな法的整備、及び現行の政策の転換を迫っている。
選択的夫婦別姓制度など、わが国の法律で家庭の安定化に寄与してきた部分は、しっかりと評価し、(5)家庭と結婚の価値を重視し保護している現行民法条項を堅持せよ、としている。
また、(6)公教育に「健全な家庭人、健全な社会人、健全な国民」育成のための人格教育を展開せよ、と要請。6年前、教育基本法が改正され、新たに家庭教育条項が加えられた。その流れの中で、教育の目的(第一条)にある「教育の目的は人格の完成」とある内容に関して、学校現場に実効ある施策を呼び掛けているのが特徴だ。
同提言でも、わが国で1979年、大平正芳首相(当時)が立ち上げた、九つの私的諮問会議の一つ「家庭基盤の充実」研究グループに注目。前述したように、この研究グループは、家庭の機能強化を目指した「日本型福祉社会」を模索。同グループは翌80年、家庭や地域、企業を福祉の担い手として期待し、国はそれらの基盤を充実させる政策を取るべきとした報告書をまとめたのだった。
これを受け、80年代半ばから所得税の配偶者控除限度額引き上げ、同居老親の特別扶養控除、専業主婦の基礎年金第三号被保険者制度の導入等が行われた。家庭が税制面で支えられる政策が進められるようになった。
ところが90年代に入り、専業主婦を敵視し、家庭破壊を企図した過激なフェミニストの影響を受けた男女共同参画政策が前面に出てきた。各種審議会に、フェミニストを代弁する学者文化人が入り込み、政府の施策のキーワードが「世帯単位から個人単位へ」とすっかり切り替えられてしまった。
その方向の施策は、社会党と連立した97年の橋本龍太郎内閣、2002年の構造改革を標榜した小泉純一郎内閣、そして民主党政権と続く中で急速に推し進められた。そして、2010年12月には「配偶者控除の縮小・廃止を含めた、税制の見直しの検討を進める」という内容が、政府の基本計画で唱えられるまでに至った、と同提言は苦言を呈している。
最後に、人類の未来の重大な危機は、「核兵器による国際間の紛争や地震などの災害によるものではなく、家庭本来の尊い意義を喪失し、家庭が崩壊してしまう時だという言葉さえある」と警告。
その上で、家庭が「国家と社会の基本的な構成単位」であり、「家族の基本的な生活を保障する機能と、愛情や精神的な安らぎを充足させる機能を持つ」と力説している。
わが国は今、世界に例のない超少子高齢化に直面し、高齢者の孤立死が起きている一方で、それを隠蔽しつつ年金を受給し続けるケースも少なくないことが、昨今のニュースで明らかになった。
このため、同リポートには行政府による家庭再建の施策が行われなければ、社会が取り返しのつかないレベルまで病んでいくとの危機感に立っている。
家族社会学者からは「行政は、現実から出発し経済的平等の実現に向かいがちで、家族の税制的優遇の再検討を行ったりする。そこには、家族がどうあるべきかの視点は欠落している」との指摘が出ている。
この提言の視点と行政の見方との開きがあるのは否めないが、現実から出発するアプローチだけでは限界がある、といえよう。
三世代同居世帯はまた、ティーンエイジャーの性体験率の上昇を抑えるのに有効であるといえる。全国高校PTA連合会(全高P連)が平成17年度、高校2年生とその保護者に対象を絞って行った調査によれば、生活スタイルと性非行との間に明確な相関関係があることが浮き彫りになった。
これは、全国の高校2年生5755人と、その保護者4574人が回答したものだが、「高校2年生で自分が性関係を持つことをかまわない/どちらかといえばかまわない」と考える割合は、家族での日常会話が少なくなるに連れて大きくなる。これは、性経験、万引き、リストカットなどの自傷行為も同様の傾向がある。
さらに、同調査では、中学生の大規模調査結果では中1の段階では3割くらいの生徒が、性体験を「結婚するまで待つ」と答えていることを指摘。だが、中学生から高校生に至る間に、性行為の容認意識が急激に増加している、とし「大人社会の責任」を問題にしている。
その意味でも、結婚後、基本的に家族関係を三世代にわたって維持している家庭で生活することが、青少年の性非行を押し止める重要な要素になってくることが分かる。
三世代にはそれぞれ果たしている役割がある。祖父母は過去を象徴するが、その体験は孫の代の子供たちには実感をもって知ることができない生きた内容となる。人生の荒波を越えてきた知恵や苦労など、子供たちに語ることのできる教訓を持っている。かつて祖父母は、孫に昔話や民話といったベッドサイドストーリーを聞かせる役だった。それに似たような役割が期待される。
また、父母は、その親である祖父母の愛を受けた上に、自らの成長過程の中で身に付けた愛で子供たちを育てる立場に立っている。このような同居家族から、その人生体験で形成された愛や教訓が示される環境に住めば、家族との会話も多くなり、健全に成長しやすいといえるだろう。
一方、民主党から教育重視の安倍政権に代わり、政治主導による意識改革が期待されている。安倍内閣は教育再生と経済再生を車の両輪として位置づけているが、家族政策でも明確な視点がある。
年初のテレビ討論会で、片山さつき総務大臣政務官は、「第一義的に子供は家庭で育てる」という自助の精神を強調した。家庭が自立することで、国による支援額を軽減することができ、これが財政再建に資するとの判断もある。
これまで「子育ての社会化」という考え方が広がってきた。これでは、子育てする親に愛が育たないとする専門家の指摘があり、子育てする親に援助する方策が求められている。
さらに同政務官は、政策手順をしっかり整理して述べた。すなわち、自助だけでは経済的に難しい家庭は、町内会など近所との連携で共に助け合う「共助」が必要と成る。
そして最後に、身体的、社会的障害を抱えた人に対する行政等の公的機関による「公助」が行われるという位置づけである。
文部科学副大臣の谷川弥一氏も、昨12月末の就任記者会見で、「昔から向こう三軒両隣というように、わが国が町内会で助け合って暮らしてきた」とし、それが上手く機能してきたことを強調した。
加えて、今の福祉政策にうまく対応して、国からの支援を多く受け取ろうとする姿勢がわが国に蔓延し始めたが、その結果、財政悪化を招いていると批判。
「今の世代はそれでよいかもしれないが子供の世代に大きなツケを残すことになる」と述べている。こうした姿勢を改める上で、国民一人ひとりが宗教心を取り戻すべきであると語っている。宗教では、必要なお金やものは天から与えられるという考え方に立ち、社会から奪ってくるという発想は戒めるべきものだからだ。
わが国の状況は、70年代末に自民党から出された研究書『日本型福祉社会』が危惧したように、フェミニストが主導した政策転換で、英国やスウェーデン型の福祉社会に傾き、その財政負担とモラルの低下という危機に直面している。
安倍政権は、教育・家庭の再建が国や経済の再生を実現するとの視点が根幹にある。今度こそ、教育・家庭の再生を実現し、強い家庭基盤を築いて日本的福祉モデルを成功させるべき時である。